RSS | ATOM | SEARCH
彦根『わたしの町の戦国』
 太陽電池科学館へ行く道中で、彦根城に立ち寄りました。さすがに世界遺産暫定リスト搭載というだけあって、いつまで眺めても去り難い優美な姿です。また城内の開国記念館で開催されている「わたしの町の戦国」も見ごたえがありました。あまり知られていない小さな城が多数あった事に驚き、昔の勢力争いの激しさがうかがえました。その頃の人にとっては国取りが最大問題で、そのために命を落としたりしているのですが、小さな国土の中で同じ民族同士で争っていた訳で、今考えると人間の愚かな側面ですね。日本は刀や槍のような単純な武器の時代に、その内戦状態が治まって幸いでした。武将は直接戦場に行って命を落すこともあるし、戦の後の身の処し方は、切腹したり仏門に入ったりと潔い。だから戦いのための建築物である城が、こんなにも美しい姿をしているのかなと思います。
 現在も内紛状態の国もあるし国同士の紛争も絶えないですが、近代兵器は多数の一般人を巻き込み、首謀者も戦国武将のように身を以て戦いの責任を取る訳では無いですから、平和の訪れは遥か彼方のような気がしますね。闘争心は原始時代には必要な事だったでしょうが、人間同士でありながら譲り合わず、いまだに話合いで解決出来ないなんて…と色々考えさせられました。

天守
遠くに天守閣が見えます。

彦根
雪のお城は、普段より一層風情があります。

■会期 平成22年6月12日(土)〜平成24年3月31日(土)<予定>
(会期は来年の3月末までとかなりゆとりがあります)

参考:彦根城HP開国記念館

《最近の施工例アルバム公開中》
http://picasaweb.google.co.jp/seikikensetsu


ブログランキングに参加しています。クリックの応援を、お願いします。
人気ブログランキングへ にほんブログ村 住まいブログ 自然素材住宅へ


↓内容紹介(HPよりの引用です)
応仁の乱(1467〜77)に始まる戦国時代は、室町幕府の権力が著しく低下する中で、全国各地に戦国大名と呼ばれる勢力が出現して、戦いを繰り返しました。その中で近江は東国からの京の都への玄関口という立地条件から歴史の表舞台になってきました。
中世を通じて近江を領した佐々木一族の六角氏と京極氏、京極氏の被官から台頭した浅井氏、さらに京をめざす戦国大名などが、在地の土豪たちを巻き込んで近江の地で戦いを繰り広げました。その結果、近江には全国でもっとも多い約1300箇所に城や館・砦などが築かれることになります。
彦根も例外ではありませんでした。特に、南の六角氏と北の京極氏・浅井氏の境目に位置することから、佐和山城をはじめ高宮城・山崎山城・肥田城など市内全域におよぶ60箇所の地に城や館・砦などが設けられ、幾多の戦場となりました。「天下布武」を掲げて天下人をめざした織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らの戦国大名も彦根を重視し、彦根の地に足跡を残しています。
今回の企画展では、「わたしの町の戦国」というメインテーマのもと、「近江の戦国」「彦根の戦国」の2つテーマを設定し、武将の画像や城跡図などのパネルを用いてわかりやすく紹介します。
author:kura, category:見学・研究会, 00:00
comments(0), trackbacks(0), - -
Comment









Trackback
url: http://blog.seikikensetsu.co.jp/trackback/1422874